メリッサの庭から
大好きなハーブを中心に人、音楽、映画、本、食べ物など出会いの感動を・・・
第1回 子どもの絵を愛する人の会
FB友達の木村さんが一昨日、県内の美術教育に携わる先生方との素敵な交流会をなさいました。
交流の様子や、最後の愛媛大学名誉教、奥定先生のご挨拶は、とてもみなさんの心に響いたそうです。
限定された記事なので、全てをシェアすることはできませんが、
「私は幼稚園から低学年の子どもに、審査をするべきではないとずっと言ってきた。子どもの絵の価値は子ども自身が決めるべきだ。他人に決めてもらうのではない。そのことが実現すればあらゆることが変わってくる。大人になっても、日本人は他人に自分の絵の価値を決めてもらわなければならないのだ。もっと日本人は【個】を持たないといけない。」
という言葉に私も大きく頷きました。
人がどう評価するか、を意識するのは子供でなく指導者や親だったりすると思うのです。
そして子どもによっては先生や親の期待に応えるために
自分らしい表現ではなくなっていくのではないかと思うのです。

我が家の息子は、小学校低学年で「すいかの種はなぜ芽が出るの」という自由研究を熱心にしました。
観察した絵も丁寧によくかけていました。県?でいい賞をいただいたのですが、
作品は教育センターに保管するとかで、返ってきませんでした。
翌年から、息子は戻ってこないものを一生懸命するのはいやだ、と
いい加減な紙切れ1枚みたいな自由研究しかしませんでした。
またデフォルメされた自転車の精密な絵を描いて賞をいただいた時も、その後は
周囲の期待が面倒だと言って、ろくに色も塗らないような絵を提出していました。

後になって思うのですが、息子の自由研究をもっと一緒に面白がってやればよかった、
賞なんて無かったら、もしかしたら今頃美術を目指していたかも知れないと思うのです。
子どもの芽は評価することで、伸ばすこともあると思いますが、場合によっては摘むこともある、と
常々思っていたので、奥定先生のこのお言葉に深く頷きました。
そして、ちょっとだけ良かったと思うことは、親として無理強いしなかったこと・・・・
忙しくてちゃんと子供に向き合えなったからですが、白っぽい絵や、簡単な自由研究を見て、
「ひゃ~えらいシンプルやね~」なんていい加減な対応をしてしまったことが、
結果的にはマシだったかもと思ったりします。
小さい頃は本当にほったらかしで全く手をかけてやってないことが、
私の場合悪影響が及ばなくてよかったかも・・・と思っています。
そんなことを思いつつ、子どもたちの作品を見ていたら、
小学校低学年のときの息子の貼り絵がみつかりました。
まとまりすぎて子供らしくないなあ、と思ったような気がします。
先生の評を見て、跳ぶときの手の大きさやタイヤを褒めてくださっていたのに気付いて見てみると、
本当にタイヤ、頑張ってるなあと。跳ぶ瞬間の思いもよく表現されているし、
次に待っている子の表情も簡単な貼り絵なのに、楽しそうな様子が見えます。

この貼り絵を持って帰ったときに、もっと褒めてやればよかった、
上手に出来たね、面白いねと喜んでやればよかったと思うのですが、
絶対取り戻せない、今は手を伸ばして触れることのできない、あの時・・・

せめてお子さんがまだ小さいみなさんは、子どもたちの一つ一つを「全肯定」して
褒めたり抱きしめたり一緒に面白がったりしてください。私もまだ諦めてないんですよ。
今更ですが、気持ち悪がられても子供を褒め、全肯定しようと頑張っています。

跳び箱絵1跳び箱2跳び箱3
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Author:メリッサ
愛媛県松山市のハーブ大好き
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春から晩秋まではこんな庭です。
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