メリッサの庭から
大好きなハーブを中心に人、音楽、映画、本、食べ物など出会いの感動を・・・
追悼 親友 田代真里さん
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暫くのご無沙汰申し訳ありませんでした

5月15日 親友との永い別れが有りました。その後も、一人になると泣いてばかりいました。
もう時間が無いと知った時から、泣いたり焦ったりジタバタしていました。

私が初めて病気の事を知ったのは、5年前、娘の吹奏楽コンクールの応援バスに誘った時でした。
実はね、2週間前に手術して退院したばっかりなのよ。
え?大丈夫なの?言ってくれたら良かったのに・・・・
そこで私は彼女が肉腫の中でもたちの悪いタイプに冒されている事を知りました。

それからは食べることが大好きな彼女と食べ歩きをしました。
時には、ガン闘病中の知り合いも同行しました。
皆、治療法のある病気はたいしたことない、と心底励まされたようでした。

音大出身の彼女は、我が家の子どもたちの演奏会やコンクールを全部聴いてくれて
良いところだけを見つけて褒めてくれました。
子どもたちが小さい頃、そろそろピアノを習わせようと思って彼女に頼んだことがあります。
いつか子どもがピアノをやめるときに、気まずくなって友達関係が壊れるのがいやだから、
いい先生探してあげるね、と言って、自身のお子さんを上手に伸ばしている先生を見つけて
紹介してくれました。
ずっと友達で居たいから、って言ってくれたのに・・・

コンクールに出るようになると、練習嫌いな息子は先生を泣かせてしまって
彼女に相談すると、「連れてきて」「連絡したら連れに来て」と言って
預かってくれ、数時間後、ヘトヘトになった息子を連れて帰ったこともありました。

そんな息子も思春期を迎え、人並み以上の反抗期を迎えました。
我が家をご主人に設計してもらい、家族ぐるみの付き合いでしたので
彼女には包み隠さず相談しました。
そんな折、彼女が肉腫を発症し、闘病生活に入りましたが
いつも息子のことを気遣って、いろいろと連絡をくれました。
彼女がこんなに頑張っているのだから、私も頑張ろう、彼女に安心してもらおう、と
それが励みになって乗り越えてこられたと思います。

反抗期の出口がみえてきた頃、彼女の病状が悪化したことを
お嬢さんのフェイスブックを通して知りました。
公開投稿されていたので、友人が知らせてくれました。
息子がお見舞いに行くというので連れていきました。

彼女の病状は皆の願いも虚しく悪化するばかりでした。
そんな彼女が、娘のソロコンの伴奏者にと熱心に勧めてくれていた
木元優希さんとの演奏が実現しないままでしたので、
地元に居る息子の伴奏をしてもらって録音を聴いてもらおうということになりました。

5月11日(土)
合わせをするために出かけた先で、急に怒り出して
空港近くから自宅まで、車で30分以上かかる道のりを歩いて帰ってしまった息子・・・
その時は「ワガママ」「困った子」と思っていました。
帰宅するとケロリとしていたので、「吹けないから言いがかりを付けて逃げた」と
思っていました。

5月13日(月)
彼女のお嬢さんから、息子がお花を持って録音したCDを届けに来た、と
連絡をもらいました。大学からの帰りそちらに回ったようです。
その時には、ネットで拾った音源でも届けたのかな、と思っていました。

5月14日(火)
危篤の知らせを受け、夜の病室へ会いに行きました。
お嬢さんが息子のCDを流してくれていました。
その時、我慢していた涙腺が決壊しました。
紛れもなく息子の演奏でした。何年もまともに吹いていなかったのですが
恐らく、12日の日曜日、私も夫もそれぞれの所用で早朝より一日留守にしていました。
誰も居ない家で、一日中練習して、パソコンのマイクで録音したのでしょう。
ソロコンやアンコンで吹いた曲が並んでいました。
決して良い演奏ではありませんが、よく練習していました。
そして何て温かい音色なのだろう、と初めて気づきました。
「あんないい子はいない、信じてあげて」といつも言ってくれていた友達は
今は言葉を交わすことも、目を開けることもありませんが
息子がCDを届けたときは意識もあり、聴いてくれたそうです。
息子が届けた小さな花束が飾られていました。
赤でも白でもない、黄色のカーネーション。
実母よりも母としての慈愛に満ちた彼女へのお礼だったのでしょう。

ナイチンゲール

近すぎて本当の姿に気づかず、信じることが出来なかった自分を猛反省しました。
彼女は、息子の姿を見届け、最後に私に本当のことを教えてくれて
天国へと旅立ちました。

苦しみから解放された彼女に、良かったね、と声をかけるべきなのに
未だに、残念で寂しくてたまりません。

葬儀の日の午前中のハーブ教室には、葬儀に参列予定の人もいました。
その方も、私も、中止したら彼女に叱られるから、と予定通り教室をして
午後から葬儀に駆けつけました。

空の遠くに行ってしまいましたが
今も、叱られるかな?喜んでくれてるかな?と大きな存在です。
彼女の代わりには決してなれませんが、残った二人のお嬢さんと息子さんを
できる限りサポートして、見守っていきたいと思っています。

以下は、お嬢さんの公開されたフェイスブックの記事です。
「母の手料理」への思い、叶えさせてあげたかったです。

ある事がきっかけで
何年か前から
辛いのも悲しいのも苦しいのも
笑ってごまかして生きてきた

楽しいことだけを
みていたくて
逃げてただけかもしれないけど

笑って生きていかなきゃ
後悔してしまう気がするから
こーするしか出来なくて

自分が傷付くよりも
大切な人が傷付くのを見てるほうが
とてつもなく
苦しいことを知った

何もしてあげられない
もどかしさ、悔しさ

永遠が無いのは分かってる
今当たり前に目の前にあるものは
ずっと変わらないわけがない

新しい何かを手に入れることがある
大切なものさえ失うことがある

後悔したくないなんて
甘えたことは言わない
後悔なんか何歳になっても
するものだと思ってる

誰だって
ほんのささいな事でも
後悔するでしょ?

後悔しない道ってのを
選ぶんじゃなくて
自分が選んだ道で
頑張って進んでくって
言いきっちゃえたら
なんかかっこいいじゃん!

お母さんの手料理
産まれてきてから
当たり前に食べてきたけど

いざ作ろうと思って作り方聞いて
その通りやるんだけど
中々同じ味になんないの。

何回作ってもなんか違うの
見た目とかゎ一緒やのにね

お父さんに食べて欲しくて
実家帰った時に
料理も頑張ったりするんやけど
あんまり食べてくれないんだなこれが。

やけん結局
どっかご飯食べに行こうって
言っちゃうんだよねー

なんかあったらいかんけん
ってお小遣いくれるのね?
一応なつ仕事しよんやけど

なんかあったらって何?って
ちょっと受け取るの躊躇する

もう春ですね。
昨日からの雨と風で
桜も散ってしまいます

嫌でも時間は進んでいきます

季節は変わっていきます

それがあまりにも早く感じるのは
なんでなんですかね

ありがとうって言葉ゎ
泣きながら言うもんじゃないですよね

お母さんに心配かけるのは辛いので
涙は見せないように
頑張ってきました

なつが泣いていいのは
トイレの中だけやけん!
ってゆったら笑います?

一回涙腺緩んじゃうと
今まで溜まってたもの
全部溢れそうやけん怖いんよー

まだまだなつゎ頑張れるけん!
笑って生きとんが
なつやと思っとるけん!w

明日世界が終わるって聞いても
なつゎ笑っておれると思うんやけどw

お母さんの涙、見たことないのね

なつの前でゎ
明るく振る舞ってる強い母

やけんなつも人前でゎ
泣かんって決めた

大丈夫。
後悔しない。

辛くない。

むしろ母を尊敬してる

ついでに
田代家ゎ素敵な家族ですって
自慢していーですか?w

お母さんの料理
もう一回だけでいいけん
ほんとにもう一回だけでいいけん
食べたかったな。

一緒に台所に立てる日がきますように








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Author:メリッサ
愛媛県松山市のハーブ大好き
メリッサの庭へようこそ!
春から晩秋まではこんな庭です。
メリッサへのご連絡はmelissa.herb.82@gmail.com まで!



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