メリッサの庭から
大好きなハーブを中心に人、音楽、映画、本、食べ物など出会いの感動を・・・
ハーブにできること
NHK文化センター松山三越教室 「ベイシックハーブ」

今が旬のハイビスカスローゼルとスダチをテーマにお話させていただきました。



その時に、4日に行われたカルスポカレッジでお話した内容も少しお伝えしました。
単発の講座の受講者は、いわゆる「一見さん」
内容も、最初で最後になってもいいように、なるべくハーブについて一般的なことを
網羅してお伝えするようにしています。

それを、「常連さん」にお伝えしないのは失礼、と思い少し時間をいただきました。

なぜ、ハーブにできること、の画像が「正岡子規」なのか?
植物を愛した子規のイメージをオリジナルで絵本作家「しらかたみお」さんに
描いていただいたものです。
民間療法に携わる者としての私のスタンスがここにあるのです。

正岡子規は根岸の庭に、西洋イチゴやナスタチウムなどの洋風ハーブや
香りのある和のハーブも沢山植えていました。
きっと、律さんがそれらを子規の食卓にも調えたことでしょう。

それでも子規は脊髄カリエスで、40歳にもならず、この世を去ることになりました。
今なら結核や脊髄カリエスに罹患しても命を落とすことは少なくなりました。
他にも様々な不治と言われた病や大けがから進化を続ける医薬品により生還できるようになりました。

ハーブやアロマが果たす役割、どの部分でどんな時期に役に立つのか、
そういうことを大切にしたいと思っています。

また、植物の力は一般に思われているように、安全で優しいわけではありません。
そして、植物が作り出す有用成分は人のためにではなく、自らを守るためのものですから
植物の一生の中で、そのバランスも違っています。
良く知られているものを使って、ハーブティーや濃度の低いアロマテラピーとして個人が使用することは
おすすめしますが、医薬品の代わりとなるような濃度や使い方を、私はおすすめしません。
そのような使い方をするときは、その植物がどのような時期にどこで育ったものか
その成分分析を正しくできる機関で確認してから使用した方がいいと思っています。

そのあたりのことを、忘れて過信しないよう、侮らないよう、
正岡子規さんはそんなところまで私の先生であるのです。
青春の影

若い頃の財津さんと、今の財津さん

声の伸びは若い頃の方がいいけれど、私は今の方がずっといいなあと思います。

負け惜しみでも何でも無く、年齢を重ねたからこをにじみ出るものがあると思います。

https://youtu.be/BwS94_EoZwA
希望の林檎の樹



「たとえ明日世界が滅びるとしても、今日私は林檎の樹を植える」

Facebookを始めた時に、プロフィール欄に好きな言葉として書きました。

「地球交響曲第八番」の締めくくりにもこの言葉が使われていると知りました。
この言葉に出会ったのがいつ頃だったかはっきり覚えていませんが
私の人生でずっと私の背骨になってくれている言葉です。

どんなに絶望が目の前にあっても、今できることを、ただそれだけを
諦めずにやってきました。
どうせ無理無理、という人が周りに沢山いましたが、私は心の中の林檎の樹を
自分の周りに植えながら生きてきました。
久万高原ハーブサミットでは、この思いを「希望の林檎の樹」として
実現しようとしています。どんなに苦しい人にも悲しい思いをしている人にも
ご自身の中に自分の力で一筋の光を見つけられるよう、
そんな場所を作りたいと願っています。
今、まだ何も動き出してはいませんが、私はこの思いを発信し続けて行きたいと
思っています。応援よろしくお願いいたします!
講師の仁義
家村さんのレクチャーの報告をもっと知りたいと思われていらっしゃる方が多いようです。

なぜ、習ったことをもっとはっきり書かないのか、ということを弁解させてください。
このレッスンは、家村さんが5枚に渡るレジュメを用意してくださって
それなりの準備をなさってくださったものです。
その内容を、私がここで全部書くことは講師の仁義に悖ると思うのです。

家村さんは来週、三越の地下で出店しておられますから感心がおありの方は
是非足を運ばれていろいろなご質問をご本人から聞かれてみてください。
(アメリカ在住のyuimkoさん、ごめんなさい・・・)
日程がわかりましたら、こちらでもご紹介します。

火曜日の教室で豆をわけていただき、夕方丁寧にコーヒーを淹れてみました。
お気に入りのカップは沢山ありますが、一番大事なカップを用意しました。

これは、京都で知り合った若いお友達からいただいた物です。
ベニシアさんのお宅で隣り合わせに座ってから、その日遅くまで京都の町を
一緒に歩いて、彼女が関わっていたフランス関係の施設や
夫の出身校にまで連れていっていただいて夕飯をご一緒しました。

彼女と別れて、帰る車中で、初めて会った人、それも娘のような年齢なのに、
「腹心の友」という言葉が脳裏を過りました。
関西に暮らしていた彼女とは、会う機会はほとんど無いだろうと思っていたのですが
その年の末、愛媛県出身のご主人の実家へ里帰りした時にお目にかかり
東京へ転居されてからは、私の上京に会わせて会うことができ、
どこにする?とのやり取りで、自然と国立博物館ということになり
こんなところも無理なくおつきあいができて、滅多に会わないけれど
やっぱり腹心の友だわ、と嬉しく思いました。私が勝手に思っているだけなんですが・・・

そんなカップでいただいた家村さんのコーヒーは
懐かしい思い出に心満たされ、さらに美味しく感じました。

10269405_660138920732843_6077069476667029614_n.jpg

名前
ある方からいただいた誕生日メッセージに名前のことが書かれていました。

名前が付けられたのは、生まれた日ではないと思いますが、生まれた日と
名前の関係を、今まであまり意識したことがありませんでした。
どんな人にも「親」がいて、その親がつけてくれた名前があるわけですよね。
そしてそれは自分の年齢と同じだけ一緒に過ごし、これから先も人生を終える日まで共にあるものですよね。

父はいつも、渾々と智恵が湧き、涼しげな姿の娘になるように、と
願って名付けたと言っていました。
ある日、母が、え?違うよ。お父さんはどちらが生まれても使える名前にする、って言ってたよね?
ねえ、お父さん?」と。「はあ?なに~作り話~?!」と私は怒ったのですが
父は苦笑いをするばかりでした。

名前に込めた思いというのは、名前をつけたその日だけのものではなく
成長の過程で、親の願いや祈りが加えられていったのだろうな、とずっと後になって
思いました。父はその願いどおり、私に沢山の本を与え、文字や言葉を教えてくれました。
小学校では、言葉を沢山知っている、と通信簿で褒めてもらったりしました。
それが「湧き出る智恵」に結びつかず、ただのお喋り娘で終わったことを
今となっては本当に申し訳なく思います。

そんな父の思いを知りながら、自分はといえば
我が子に訊かれても、名付けた理由も言えません。
義父が字画の良い名前をコンピューターではじき出して作ってくださった
一覧表の中から夫と一緒に選んだだけなのです。
息子の名前は品格があるいい名前だと選びましたが漢字二文字で24画。
妹にはとにかく画数の少ない名前、というのが最優先。
漢字2文字で11画(._.)

でも、そんな娘からのお祝いメッセージには「お母さんのような女性になりたい」と書かれていました。
夫は「それは大変だ」と(-"-) 確かにもっと理想を高く持って欲しいけれど、ちょっと嬉しかったです。
身近で何もかも見ている娘に認めてもらったようで。

6月21日は一年中で一番明るい日。
身近にも同じ誕生日の人がいますが、今朝ドラで大人気の
村岡花子さんも同じ誕生日です。

何の共通点も無さそうですが、私はひそかに共通点を感じています。
逆境に強い、ということ。



プロフィール

メリッサ

Author:メリッサ
愛媛県松山市のハーブ大好き
メリッサの庭へようこそ!
春から晩秋まではこんな庭です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する